一般不妊治療で妊娠が成立しなかった場合、次の治療として生殖補助医療( Assisted Reproductive Technologies )があります。生殖補助医療(ART)とは体外受精、顕微授精、胚凍結などを言います。まず、体外受精(IVF)と、一般不妊治療である人工授精(AIH)の違いについてご説明します。自然妊娠では精子と卵子は卵管で受精しますが、AIHは精子を子宮内に注入して、より受精現場に近づけ妊娠率を上げようとするものです。しかし、この方法は実際には精子と卵子が受精したかどうかもわかりません 。一方の体外受精(IVF)は、体内より取り出した卵子と精子を体外(シャーレ内)で受精させ、その受精卵を一定期間培養します。こちらは受精だけではなく、一定の発育を確認した胚(受精卵)を子宮に戻しています。また、顕微授精(ICSI)は体外で受精させる点では体外受精と同じですが、受精を自然に任せる体外受精に対し、受精もサポートします。すなわち、採取した卵子に、顕微鏡下に細い針を用いて、一匹の精子を直接注入し受精させるものです。胚凍結も技術向上に伴い広く利用され、同じ時に採卵された卵子で兄弟が生まれるのも当たり前になりました。
体外受精は1978年英国で初めて成功し、日本では1983年に東北大学が最初に成功しています。東海地方でも、名古屋・可世木病院の可世木辰夫先生が1985年に初めて成功しました。当初、珍しかったこの手技も現在では不妊治療の強力な手段となり、広く行われるようになりました。日本産科婦人科学会の報告によると、2021年には、この生殖補助医療により年間約70,000人余りが生まれており、この年の総出生数が81万人余りですから実に11.6人に1人が体外受精児ということになります。
体外受精・胚移植(IVF・ET)について
A 体外受精の適応
体外受精は卵管が閉塞している人、内膜症のひどい人、卵管のピックアップ障害が疑われる人、著明な排卵障害などに適応しますが、AIHも含め一般不妊治療では妊娠に至らなかった人もその対象となります。また、40歳を超えると妊娠しにくくなることから、高齢者や卵巣予備能の悪い人は早めの適応が望ましく、体外受精の適応は一律ではありません。
B 体外受精はどのように行われるのでしょうか?
体外受精とは、卵子を体外に取り出し、精子と受精させ、受精卵を子宮内に移植する方法です。
主に以下の6段階のステップがあります。しかし、近年、新鮮胚移植より凍結胚移植の方が成績が良いことなどから、採卵周期に胚移植を行うことは少なくなり、胚移植は別の周期に行うことが多くなっています。
調節卵巣刺激(卵子を採取するための卵巣刺激)
卵巣刺激法には、大きく分けて、FSH/HMG刺激法(注射)とクロミッド刺激法(内服薬)があります。前者は採卵数も多く妊娠率も高いですが、副作用も出やすくコストや卵巣への負担が大きいと言われ、後者は卵巣への負担は軽く頻回に施行できますが、採卵数が少なく妊娠率も低いと言われています。
FSH/HMG刺激法(注射)は、生理の3日目から注射の排卵誘発剤(FSH、HMG)を開始します。約3日毎にホルモン(E2)測定やエコーによる卵胞計測を行い、刺激量を調整します。
卵胞径が20mm近くに達したら採卵日が決まりますが、刺激日数は平均8~10日かかります。
尚、毎日の注射については、通院回数を減らす目的で自己注射法もありますし、通院による注射も可能です。
クロミッド刺激法(内服薬)は、内服の誘発剤であるクロミッドを生理3日目から5日間内服し、その後、注射の誘発剤HMGを2、3日追加し卵胞を育てる方法です。40歳以上の方、FSH値の高い方、胞状卵胞の少ない方などに適応しています。
また、せっかく卵胞を育てても、採卵の直前に自然排卵してしまうことがあり、これを防ぐため、GnRHアゴニスト(ブセレリン点鼻薬)またはGnRHアンタゴニスト(セトロタイドまたはガニレスト)を使います。GnRHアゴニスト(ブセレリン点鼻薬)は、どの時期から使うかで、long法(刺激周期生理の1週間前から開始)やshort法(生理初日より開始)などがあります。GnRHアンタゴニスト(セトロタイドまたはガニレスト)は卵胞径が15mmを越した頃より3、4日注射し排卵抑制を図っています。
卵子の最終的な成熟を促進させるため、採卵の約36時間前にHCGを筋注し、一連の調節卵巣刺激は終了します。
採卵(OPU)
静脈麻酔で眠っている間に、経膣的に超音波下に採卵針を刺し、卵胞液を吸引することにより卵子を採取します。症例によっては無麻酔で行うこともあります。採卵に要する時間は5~15分です。採卵数は平均するとFSH/HMG刺激法で6~8個、クロミッド刺激法で1~3個です。
媒精と胚培養
採取された卵子を精子とともに培養液に入れ受精させます(媒精)。そして、翌日受精を確認します。すべての卵子が受精するとは限らず、受精率の平均は70~80%です。この受精卵はその後、分割を続けます。受精3日目で8分割、5日目で胚盤胞に達するのが望ましいのですが、全部が胚盤胞になるわけではありません。最終6、7日間培養し胚盤胞に到達するのを待ちます。平均すると採卵数の3、4割が胚盤胞になります。当院では原則として、この胚盤胞を移植あるいは凍結に用いています。
胚移植(ET)
前述しましたように採卵周期での移植(新鮮胚移植)は最近少なく、多くは凍結融解胚移植を行っていますが、ここでは新鮮胚移植を行ったケースでご説明します。受精卵を子宮内に戻すことを胚移植(ET)と言います。一般的に麻酔はしません。採卵後2、3 日目に移植する初期胚移植と、5日目に移植する胚盤胞移植(BT)があります。胚盤胞まで達した卵はET当たりの妊娠率は高いのですが、胚盤胞に至らずETがキャンセルになる危険も伴っています。
特に、採卵数が少ない時や初期胚でのグレードが悪い時は、どの時点で移植するかかなり迷います。培養技術が向上しキャンセル率が減ったこともあり、当院では、原則としてこの胚盤胞移植を進めています。
移植数が多いほど妊娠率が高くなると言われていますが、多胎児に伴う諸問題から単一胚移植が推奨されています。また、胚の凍結技術が向上した現在、一度に複数個の新鮮胚を移植してしまうより、一周期に一個ずつ移植していく方が累積妊娠率は高くなるようです。この為、当院ではET回数、年令に関わらず、単一胚盤胞移植を原則にしています。
尚、2 step法といって同一周期に2回(例えばday 2とday 5)移植する場合や、反復不成功例には2個移植する場合があり、状況を見ながら判断しています。凍結融解胚移植については、後述の凍結保存、融解胚移植の欄をご覧ください。
黄体期管理
新鮮胚移植を行った場合、採卵から約2週間、黄体ホルモンの補充をします。プロゲステロン膣錠によるものが多いですが、内服薬を使用することもあります。凍結融解胚移植も黄体補充が必要で、やはりプロゲステロン膣錠が主ですが、注射や内服薬が加わることもあります。
妊娠判定
ET施行(胚盤胞移植)後、11日目に判定します。
顕微授精(ICSI)について
採卵までは体外受精と同じ過程ですが、採取した卵子に細い針を用いて人工的に精子を一匹注入する方法です。精子を卵細胞の中に直接注入す卵細胞質内精子注入法(ICSI)が行われています。ICSIは急速に広まり、全国的にもその症例数は体外受精より多いようです。
A 適応
体外受精を繰り返しても受精しない場合や、重度の乏精子症、精子無力症、無精子症などの男性因子がある場合に行われます。また、女性の加齢や採卵数を考慮して適応することもあります。
B 体外受精との違いは?
体外で受精させる点では両者とも同じですが、受精を自然に任せる体外受精に対し、顕微授精は、顕微鏡下に細い針を用いて、一個の卵子に一匹の精子を直接注入し受精させる点が異なります。その前後の取り扱いに違いはありません。
C 遺伝子リスクついて
無精子症や乏精子症の男性の一部に染色体異常や遺伝子異常を伴っている人がいます。例えば、Y染色体のDAZ遺伝子は造精機能をコントロールしていると言われますが、この遺伝子の欠失が乏精子症の原因になっていることがあります(一般的に5~15%の頻度)。この男性がICSIを受け妊娠し、男児が生まれたとすると、父親と同じように造精機能障害を持った子供になる可能性があります。
凍結保存について
日本産科婦人科学会 登録・調査小委員会の報告によると、2021年に日本で生まれたART児約70,000人のうち、新鮮胚移植で生まれた児が約5,000人で、凍結融解胚移植により生まれた児が約90%以上を占めます。日本では大部分が凍結融解胚移植で生まれている事になります。
ARTに伴う諸問題
卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
排卵誘発剤で卵巣が腫大し、多数の卵胞が認められる場合、OHSSが発生する危険があります。OHSSは卵巣腫大、腹水貯留が主症状です。重症化すると血栓症の発生を引き起こす場合があります。気になる症状がありましたら早めにご連絡ください。
<主症状>
- 腹部膨満感。急にお腹がふくらんだ。
- 尿量が少なくなった。尿の色が濃くなった。
- 息苦しい。風邪の症状はないのに咳がでる。
- 食欲が急になくなった。吐き気がする。
- 口が渇いて仕方がない。
- 腰や背中が痛い。
このOHSSは卵巣刺激をした周期に妊娠が成立した時に増悪します。この為、採卵時にOHSSの発生が予測されるケース(E2値 3500以上、採卵数15個以上など)では、全胚凍結と言って全部の胚を凍結し、新鮮胚での移植をしません。前述のように、新鮮胚移植が凍結融解胚移植より成績が良いわけではないので、無理に採卵の周期に移植をすることはありません。尚、最近は新鮮胚移植をあまりしなくなったので、以前よりOHSSリスクが減りました。
多胎
かつては初期胚移植が主でしたので、途中での淘汰も考慮して、胚2、3個を移植することが普通でした。その結果、双胎や品胎が増え社会問題となりました。母児ともに危険に陥らせ、ART児がNICU(新生児救急病棟)を占拠してしまったのです。この為、3個以上の移植は禁止されました。当院では1個のみの移植を原則にしているため、平成27年のARTでの双胎は4例でART妊娠の1.7%のみでした。
先天異常
体外受精での先天奇形の発生の頻度が、自然妊娠と同程度(3%)という説と若干高くなる(4%)などさまざまな意見があります。明らかに高くなるとはいえないようです。
顕微授精や凍結保存は臨床応用されてから日も浅いため、評価するには出生児数が十分ではありませんが、体外受精と大差はないように思われます。いずれにしても、ARTと先天異常の問題は長期的フォローがこれからなされなければなりません。
流産と子宮外妊娠
自然妊娠でも約15%は流産しますが、ARTによる妊娠の流産率は自然妊娠の場合より若干高いようです。
また、受精卵を子宮に移植するARTではありますが、なぜか一般妊娠と同様に子宮外妊娠が起きることがあり、注意が必要です。
採卵のリスク
採卵は超音波ガイド下で行われ、比較的リスクは少ないと言われています。しかし、周辺臓器の損傷、腹膜炎、穿刺部出血には注意が必要です。
費用について
保険適用のページをご覧ください。